「ファー・イーストに住む君へ」

----いわゆる,連作エッセイ? って感じでしょうか?   top   
-1- 1996年,川崎医科大学 研究ニュース 留学報告-i
-2- 1996年,川崎医科大学 研究ニュース 留学報告-ii
-3- 1996年9月 川崎医科大学附属病院 病院広報 「海外の医療事情」
-4- 1997年 冬 川崎学園便り「すずかけ」随筆
-5- 1997年 春 川崎医科大学附属病院 病院広報 「一冊の本」
-7- 1997年 夏 川崎医科大学 同窓会報 助教授就任の挨拶に代えて
-8- 1997年 秋 川崎医科大学 父兄会報 助教授就任の挨拶に代えて
-9- 1997年 秋 川崎学園便り「すずかけ」随筆
-10-(含:-6-) 1999年 初春 川崎医科大学衛生学教室 同門会誌


ファー・イーストに住む君へ -その4-

大寒の候,ふるさとの森のすそ野を眺めつつ・・・

校舎棟と病院棟のあいだの,あまりにも幾何学的な直線に区切られた隙間からのぞく厳冬の曙光が,時間の一瞬一瞬をまるで心から慈しむように,そして,認めてくれるものがいないことが,逆説としての至高に到達することを物語るように,その様相を変えて行く時に,そしてそれは一日一日異なる雲の形と,光の角度と,風速のうつろいと,湿度のたゆたいと--これらすべての変化は,そうあたかも再現性という語彙を拒否したような変化は,人知の及ぶ果てを越えて,その多様性の無限はT細胞受容体のそれをも遥かに越えていくのであろう--,あるいはまた薄まったオゾンを嘲笑う紫外線や酸度の高い水蒸気の塊の詰問にも似て,きっとそれは宇宙が自我の壁を越えた領域で,森羅万象すべからく起源さえ不覚の情報の中で,ただ徒らな意志もない揺らぎを示しているに過ぎないのではあろうが,それを硝子越しに見つめる僕は,その美しさに酔いしれる一歩手前で,薄い硬物が遮っている自然と実験室との隔たりが,あたかも自分の中にある欲望を如実に体現しているかのごとき感覚におそわれ,それでも美しさにはっと呑み込んだ息を自然の生理に意識することもなく吐き出す時には,既に PCR の小さな tube に番号を打っているのだけれど,心象風景に浮び上がる休息への憧憬には,広大な北米大陸がユーラシアと別れを告げた北大西洋岸に近いペンシルベニアの Amish の農村風景や,その国家のそして疑問付をつけるまでもないと彼等は自覚している世界の首都から北へ延びる interstate 270 から少し外れたあたりの小さな芝生と遊戯用具だけの shady grove park の情景や,休暇で訪れた,まるであの大陸の昔日の活動性を今に伝える様な,造山運動が静止期に及んだ峡谷の岩肌の感触--それはあたかも cell cycle を抑制する cyclin-dependent-kinase genes がこの2〜3年で次々と発見され,僕もまた血液腫瘍でのその変格を解析・検討することが出来たのだけれど( Kawasaki Med J 22: 109-138, 1996 参照),細胞達は地球の混沌が無機の勇気が有機を生み出した遥か彼方の次元から,あるいはそれら総てと加えて未だ我々の知らない多くの遺伝子群を内包し機能させ変化を齎してきたのであることが疑いようもないほどに(あるいはそれを誰々の遺産と呼んでも構わないのであろう),眼前の事象への信頼性を霧散させてしまうのだが--ばかりが拡がって,時として間違った primer を反応に添加させてしまうから,過程はまさしく何の意味も持たずに,努力と云う言葉につきまとう一種の胡散臭さを払拭し切れない前に,きっと単に結果,それだけが僕のまわりを飛び回っているばかりで,それが例えばダイヤモンドダストのように,はかなく消え去るものでも美しければそれなりに価値を信じたくもなるのだが,汗ばんだ肌に曇らされた眼鏡のような視界の悪さでは,到底どこにも至る事も出来ず足掻いているばかりなのではないかとという思念が沸き上がってきて,またまた訂正したはずの PCR の反応に異なる実験用の DNA を入れたりする訳で,それは大学院の頃に樹立した細胞株にしても,論文にはできたけれど,僕自身は何の奮闘もせず,ただ在り来りの培地に入れて,おざなりの条件で培養していただけではないかと云われれば反論の入り込む余地もなく,只単に細胞の意志,ひいては遺伝子の意志に踊らされているだけなのではないかと項垂れてしまう事も度々で,それでもなんとか気持ちを奮い立たせようと,こんな心境を現代詩に認めてみたりもしたところ,それならそれで結果が欲しいと云うのは,やっぱり僕が内蔵している脆弱性と軽薄な立脚点でしか無いことは十分承知の上で,君に知らせようと思ったのは,その詩が昭和41年から岡山県教育庁文化課が毎年行っている岡山県文学選奨(数えて第31回になるそうだけれど)の現代詩部門の選外秀作(入選:本年度はなし・佳作:2編に入らずにここに引っかかったところが愛嬌だよね)に選ばれて3月15日発刊の平成8年度岡山県文学選奨作品集「岡山の文学」に載ることになったので,多分県内の書店には少しは並ぶと思うから是非購入して読んでみて欲しいってことだったんだ(注),というところで,Well, back to the lab,仕事してくるからね.また,君の近況も聞きたいところだな.バイバイ.


注:残念ながら,この本は書店にならぶのではなく,県から,各種自治体や教育機関への配布になっているそうです。